試される大地から

furaiboが送る技術ブログ。プログラミングのTipsなど書いていきます。

私が情報系大学院の修士課程2年間で得たもの

まず、最初にご一報。

この度、furaiboはおかげさまでとある大学院にて情報科学修士号を得て、
とある会社の技術職として入社する運びになりましたことをここに報告します。



ここで、タイトル通りのお話。
長い自分語りになるがご容赦いただきたい。


大学院で情報系修士課程2年間で得たもの。
考えてみるとなにもない。


大学院の講義は学部時代の講義に輪をかけてつまらなかったし、
教える側の熱意など微塵も感じられなかった。
工夫も何もなく、ただ教授・准教授が自分の専門分野を
だらだらを話すだけで、時間の無駄としか感じられなかった。
学部1年の時の教養の授業のほうがよほど楽しく、為になったとさえ思う。


そして、教わる学生の側も大概なもので、完全にだらけきっていた。
試験は全くなく、レポートを出しさえすれば少なくとも『優』の成績はとれる。
GPAなど全くの無意味であり、講義の緊張感は皆無だった。


研究室もはっきりいって、存在意義が不明であった。
自分の所属する研究室の教授は忙しく、
しょっちゅう学会やシンポジウムに出かけているような人物である。
どちらかといえば私の所属した研究室は束縛はゆるく、
放置系研究室のカテゴリに入ると言えるだろう。


研究室ではゼミは週1日であり、
進捗報告や読んだ論文の発表を持ちまわりでやっていた。
これが唯一の指導の場であった。


はっきり言ってこれ以外の場で指導を受けたことはほとんどない。
博士課程の学生もおらず、修士1年までは准教授や助教すらいなかった。
教授も忙しく、コーディングなどからは久しく離れているような状態で、
実装の問題点を相談できたりということは一切なかった。
研究室としての指導の体制は全く整っていなかったのである。


PCの環境もまるでダメだった。
一応クラウドを扱う研究室であったので、
クラウドがあればいいでしょ?』みたいなことを教授が言い出す始末。
割り当たるPCも古くメインでは使えないシロモノだったので、
結局自分のノートPCを使っていた。


それでいて、ゼミでは新規性が云々ということをいちいち言われる。
正直新規性とかは自分はどうでもいいと思っていた。
稀代の天才ならいざ知らず、修士のできることなど知れている。
修士レベルでは研究の新規性、学術的有用性など論ずるだけ無駄である。


必要な技術は趣味にしろ研究にしろ結局自分で勉強した。
結局全てのことは自分で解決してきたようなものである。


設備もろくにない(クラウドだけは無駄にハイスペック)、
指導もろくに受けられない、でも雑務は無報酬で押し付けられるという環境。
教授は得をするかもしれないが、学生は全く得しない環境であった。


自分が2年間でやった研究は正直、間に合わせのロクでもない代物であった。
ひとまず修士号を得ることはできたがこんなもの何の価値もないゴミである。
研究室生活はひたすら時間の浪費であり、害悪でしかなかった。


自分の研究室には同期が2人いたのだが、まったく気が合わないので、
できるだけ顔を合わせたくなくて、研究室には顔を出さないようにしていた。
研究室に顔を出してもできるだけ自分から話しかけないようにしていた。
気の合う人間が近くに居るということは精神衛生上非常に重要である。


この2年間で得たものを強いて挙げるならば、
大学生活としての延長、モラトリアム期間で研究室にもロクに顔を出さず、
自分の知識を増やすことができたぐらいのものだろうか。


もし、2年前に戻れるとしたら、
自分は絶対に大学院に進学しないだろうということは断定できる。
大学院に行くつもりの人は自分の将来を見据えた上で、
本当に大学院に進学しなければならないか、よく考えるべきだろう。